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英雄は歌わない

世界で一番顔が好き

ジャニオタが自分が恋愛できない理由について本気出して考えてみた

前記事でアイドルと恋愛、結婚について考えながら、15分に1度くらいの頻度でとある虚しさに襲われていた。なんで私、見ず知らずの好きでもない(※恋愛対象として好きではない、という意味で)他人の恋愛に口出してるんだろう…どっちかっていうと自分の恋愛について考えた方がいいんじゃないの……

 

 

ということで考えた。ジャニオタなりに自分が恋愛できない理由について本気出して考えてみた。私はどうして恋愛できないのか?ていうか私が恋愛できないのってジャニオタだからなの?

ちなみに、おそらく私は世にいうこじらせ女子というやつなのだが、その辺についての著作やらネット上の議論やらは特に読んだことがないので既存の何かしらの議論と被ってたらすいません。

 

 

私の駄目っぷりについて考える前に過去の恋愛遍歴を軽くさらっておく。

 

 

1人目。小学校の同級生のゆういちくん(仮名)。

現在はUVERworldのボーカルみたいな風貌だが昔はコアラに似ていた。

好きになったのが小学校5年生な上に最初から最後まで何もなく終わった。じゃあ書くなよと言う話だが、なんだかんだで高校2年生まで実に6年以上好きだったので一応ね、一応。とにかく面白い変人。小学生の頃、授業中にはさみとでんぷん糊を取り出しておもむろにはさみで前髪を切り出すような奴だった。その糊では前髪はくっつかない。余談だがゆういちくんは高校入学後彼女が出来て、今年で5年その子と付き合っている。

教訓:何もしなければ何も始まらない

 

 

2人目。高校の同級生のゆうじくん(仮名)。

長身痩躯のあっさり顔ひょろひょろスポーツマン。

出会いは高校1年生の終わりごろ、3クラス合同の体育でたまたま同じスポーツを選択していて同じ班になったことだった。そして高校2年生で同じクラスになる。私とゆうじくんは1年生の時は共に理系クラスだったのだが2年生から文系クラスになった。結果、クラスを発表されて教室に行ってみたら知り合いが2人しかいないという絶望に見舞われた。その1人がゆうじくん。そりゃあ仲良くもなるよね!!

ついでにゆうじくんはこの時期に私と同じ予備校にも通いだした。そして1つ目の事件が起こる。ある日、同じ予備校に通っていたゆうこちゃん(仮名)が、おずおずと頬を染めてかわいらしく言った。

「私、ゆうじくんのこと好きになっちゃったかも」

ザ・青春。こうして私はゆうこちゃん主導の元『ゆうこちゃんの恋の成就のためゆうじくんともっと仲良くなろう計画』を余儀なくされた。そりゃあ仲良くもなるよね!!!!(2回目)

なおゆうこちゃんは実にあっさり振られた。ゆうじくんからは「ゆうこちゃんが俺のこと好きなんて予想外すぎてびっくりした」というコメントをもらった。いやお前以外全員気づいてたよこの鈍感野郎!!

実はこの時ゆうじくんには好きな人がいた。また別の私の友達だった。そして誰がどう見ても明らかに両想いだった。スタート時点でお互いクラスに友達がいなかったこともあって、私とゆうじくんはどんどん仲良くなっていった。これはやばい、と思いながら仲良くし続けていたら案の定好きになった。バカ。竹輪の穴に指突っ込んで食べてたら指噛んじゃったレベルのバカ。

私は超ド級のバカなので、なんとここから卒業まで1年半ゆうじくんの1番仲のいい友達でい続けた。恋の悩みも勉強の悩みも家族の悩みも部活の悩みも全部聞いてあげて(私が愚痴や悩みを聞いてもらうことはほとんどなかった)優しく慰めては「俺、こんなに仲良いいんだからお前とは一生友達でいれる気がする…」「おー、一生親友でいようぜ」みたいなバカっぽい会話を交わした。ぶっちゃけ高校時代の思い出はほとんど全部ゆうじくん*1。一応言い訳しておくと、高校2年生はゆうじくんにとっては人生の暗黒期で割と何もかもが上手くいってなかった。「お前がいなかったら高校行くの辞めちゃってたかも」とまで言うレベルで目に見えて弱っている好きな人を突き放せるほどの強さは私にはなかった。「私がこいつに告白したらこいつの友達1人減っちゃうなあ」と思うと告白さえできなかった。バカ。

来年の2月にゆうじくんと彼女は5年記念日を迎える。結婚式には呼んでくれと言ってあるので、もし彼らが結婚したらスピーチでもなんでもして家に帰って引き出物のバウムクーヘンを食べながら1人でしんみりする予定である。

教訓:与える方と与えられる方が決まっている関係は不健全

 

 

3人目。1つ上のゆうぞうさん(仮名)。

顔と声がめっちゃ好みだったが中身はすがすがしいほどのクズ。私の初めての彼氏(交際期間2週間)。通っていた予備校でバイトしていた。高校の卒業式の日、急にマイミク申請かmixiメッセのどちらかが来たところから関係が始まった。ちなみに目的は私ではなく私の友達。

しかしゆうぞうさんはあっさり振られた。あっさりきっぱり振られた。落ち込むゆうぞうさんを一生懸命慰めていたら告白された。この時点で知り合って1か月。直接会ったことはほぼない。(もともと同じ予備校内にいたので面識は一応あった)

その後なんやかんやで一応付き合った*2ものの先述した通り2週間で別れた。出会いから別れまで2か月。

ゆうじくんを諦めようと心に決めた矢先に振られたてほやほやのイケメンが現れたので、あと告白されたのも人生初だったので、まあ好きになれそうだし好きになってもらえそうだし頑張ろう!と思ったのに速攻で振られた。

別れてからも結構仲良くしていたのだが、彼は割と強烈なクズだった。3か月くらい前にラインでしつこくセフレになろうと言われた挙句「じゃあその気になったらこっちから連絡するんで!」と強引に話を切り上げたら「オッケー、いつ誰に見られるかわからないからいきなりそういう話送ってきたりしないでね」と言われて衝動的にブロックした。これでそろそろ1年は続いている彼女がいるのだから世の中は不公平だ。

教訓:クズとクズが傷の舐めあいをするのは遠距離だと困難

教訓:ノリがあうことと価値観が合うことは別問題

 

 

4人目。大学の同級生のゆうしくん(仮名)。

今年の1月に別れた。交際期間1か月というスピード感あふれる恋だった。半年くらい友達以上恋人未満期間を過ごし、なんか違うかなと思いつつ、でも付き合ったら変わるかなと思いつつ付き合ったけど何も変わらなかった。あと、正直なところ「なんで3年も彼氏いないの?」と訊かれるのがダルすぎてとりあえず一瞬でもいいから『彼氏がいた』という実績が欲しかったのも少なからずあった。よい子は絶対真似しないように。

ゆうしくんの何が駄目だったのかというと何も言えない。背が高くて運動出来て優しくて顔も普通で、でも駄目だった。周りの友人にもったいないって言われまくったし怒られまくった。

教訓:駄目なものは駄目だから駄目

 

 

 

以上である。こう書くと4人と恋愛してきたっぽいがお気づきの通り付き合ったのは2人だけ、しかも総交際期間わずか1か月半。22年生きてて恋人いた期間1か月半。

 

ちなみに、「なんで恋人できないんだろう」と言った時に帰ってくる言葉は、1番多いのが「自立しすぎ」で、女子から言われるのは「その気が足りない」、男子から言われるのは「隙が足りない」である。じゃあ誰かその気の出し方講座開いて!!自立できなくなる方法教えて!!!

 

 

 

・自信がない――愛されたい編

そんなこんなで自分がもてないというか恋愛が下手くそな自覚はある。じゃあ何が駄目なのかと言うと、それはもう「自信がない」の一言に尽きる。私はもてない。容姿にも性格にも自信がない。そして厄介なことに、私の自己評価と他者からの評価にはおそらくほどほどの落差がある。ゆうしくんと付き合った理由には、「なんでそんなに長いこと彼氏できないの?」とあちこちで訊かれるのがだるい、というのもだいぶあった。それは裏を返せば「こいつに3年も彼氏がいないなんて少し不思議だなあ」と思われているということだ。それも1人ではなくそこそこの人数に。

 

高校生までの私はどう見ても不細工寄りだった。だから自分がもてないことについてあまり深く考えることはなかった。だってかわいくないんだからもてなくてもしょうがないし、ゆうじくんの好きな人は私よりずっとかわいかったから彼女に負けることに異存はなかった。

容姿の問題を抜きにしても私はずっと男みたいで、クラスまたは学年に1人はいるような『男女』だった。髪もずっと短くて顔もどこか男らしくて恋なんて全然似合わなかった。「お前は女じゃないもんな」となんの悪意もなく言われることに慣れ切っていたし傷付きもしなかった。中学生の頃、社会の授業中先生に「お前体重何キロだ?」とことあるごとにきかれたのを今でも覚えている。私が素直に「55キロです」と答えると先生もみんなもどっと笑って、「でもこんなこと聞いていいのこいつだけだからな、ほかの女子にはやっちゃ駄目だぞ」と先生はいつも言った。そういう、『ちゃんとした女子じゃない扱い』はべつにいやでもなんでもなかった。「お前に好きな人なんかいるの?」「お前でも恋なんかするの?」と笑われたことも一度や二度ではない。男言葉で口汚くしゃべり学校生活のほとんどをジャージで過ごすうるさい自分と、家で悶々とゆういちくんのことを考える自分はまるで別人みたいだった*3。中学生の頃は人にはたくさんの顔があるのが当たり前だということもよくわかっていなかったから、ますます恋をすることへの恥ずかしさが増した。

自分が恋をするなんて人に笑われるんじゃないか、自分に好きになられたら人に嫌がられるんじゃないか、と思い続けたまま高校生になってしまった。そこで出会って好きになったゆうじくんにも結局は女の子としては好きになってもらえなかった。好き=「ただ好きでいること(=なんの行動も起こさないこと)」という精神が抜けないまま、言ってしまえば小学5年生の時と同レベルのまま私の高校時代は終わった。それでも問題はなかったのだ。どうせゆうじくんとは付き合えなかったし、それでなくても私を好きになる人などいなかった。(それに、ゆうじくんにべったり過ぎて他の人が私を好きになることなどまずなかっただろう)

しかし大学生になって、髪を染めたりメイクをしたりすることを覚えて、徐々に私は気づいた。残念ながら私は容姿だけを理由に恋愛を諦められるほどの不細工ではない。決して美人ではないが笑いをとれるほどの不細工でもない。そして、私が誰かに恋をしていつもの私を失って取り乱したって、本当は誰に笑われる筋合いもない。

頭ではこれがわかっているつもりだ。でも駄目なのだ。自分が誰かに好きになられるということが全然信じられないから、ちょっとそういう空気になった時にもとにかく傷付かないように傷付かないようにとなんの進展も起こらないようにふるまってしまう。ラインのやり取りでも、「お前あいつとお似合いなんじゃないの」って誰かにからかわれたときも、とにかく全く意識していないかのような態度をとる。いやだからではない。嫌われたくないからだ。何かを考えるより先に、「私がこの人に気があるとか好きだとか思われたら気持ちわるがられるんじゃないか?嫌われるんじゃないか?」と思ってしまっててんで駄目なのである。そしてあとから思い返して、あれはフラグだったのかもしれないとかあそこでこうしていれば何かが変わっていたかもしれないと後悔するというパターンをすでに何度か経験している。

 

私は今でも決して女らしくはない。一人称こそ「俺」から「私」になったけれど言葉遣いは今でも男みたいだし、何より私はそんな自分のままアイデンティティをそれなりに確立してしまった。私は自分が決して女らしくないことも、それほどの美人ではないことも、少し変わった人間であることも自覚していて、それでもそれが自分だと思っている。少し変わった、というのはたとえば1人で温泉旅行に行けたり、男5人女1人で旅行に行ったり、自転車を75キロ漕いで実家に帰ってみたり、回転寿司を20皿食べられたり、そういう常識の範囲内でちょっと人と違うところだ。そして普段からの男みたいなしゃべり方とか、虫が怖くなくてセミやカマキリが手づかみできるところ、お化け屋敷で叫ばないところ、言ってしまえば可愛くないところだ。そう、私は可愛くない。でもそれが私だ。

私は自分がキラキラした可愛い女の子ではないことを知っている。でも同時に、自分が別に特殊な存在ではないことも同じくらいちゃんとわかっている。この程度の差異ならば社会の中で単なる個性として扱ってもらえるはずだ。私が少し変わっているのは、少なくとも人間として失格なレベルのおかしさではないはずだ。人間としてちゃんと生きている、友達だって普通にいるし人間関係で困った事態になったことも別にない。だから、自分を変えたいとかどうにかしなきゃいけないとあまり思えない。私は私のままで生きていたいし今がとても楽しい。心の中では、いつか誰かがこのままの私を好きになってくれて面白がってくれるんじゃないかと期待している。好きになってもらえる気はしないくせに、愛されたい欲だけは人一倍あるのだ。どこにでもいる凡人なんだから、ほかの誰かと同じように私だって誰かに好きになってもらえたっておかしくないはずだ。おかしくないはずなのにそんなことありえない気がするし、実際ない。なんでありえない気がするのかも、なんで本当にないのかもよくわからない。

 

何が駄目なのかわからないが、とにかく何かが駄目なんじゃないか、自分には何か致命的な欠陥があるのではないかという恐怖がますます私を駄目にする。22歳にもなって長らく恋愛をできていないこと、まともに恋愛した経験がないことを知られると、十中八九それを聞いた人からは「きっと何かが駄目なんだな」「きっと人間性に何かしらの問題があるんだな」という反応が返ってくる。それに何の反論もできないからますます自分が駄目に思えて、震えるほど怖い。怖いからどんどん誰かに好きになってもらえるなんて信じられなくなって、傷付かないように傷付かないようにと予防線を張って生きてしまう。おかげさまで男友達超いっぱいいる。予防線張るプロです。

昨年就活の一環でインターンシップに参加した際、グループの中で議論をバリバリ取り仕切っていたら「女子なんだからもっとムードメイカーになりなよ。それが女子がいる意義でしょ」と違うグループの男の子に言われた。そこまではまあよかった。さほど気にせずそのままでいられた。(その企業から届いた年賀状には「女王として君臨していましたね!」と書かれていて笑った) でも「その性格のままじゃ絶対一生彼氏できないぞ(笑)」と言われてから、ずっと考えている。この性格が駄目なんだろうか。じゃあ恋愛のためには自分を変えなきゃいけないんだろうか。可愛くなりたいとかこんな服が着たいとか思うのは全然いやじゃない。可愛い性格になるのもそれと同じことなんだろうか。どこからが私でどこまでが私だろう。私は私のままで何かを変えたいけど、変えた方がいいものは何だろう。変えなくていいものは何で、変えちゃいけないものは何だろう。私が私のままでいたら、私はずっと駄目なのかもしれないと、ずーっとずっと思い続けている。

 

 

 

・自信がない――愛したい編

嫌われるんじゃないかと思うと怖くてつい友情しかないかのようなふるまいをしてしまう、というのも紛れもない事実だが、私の中にはもう1人厄介な自意識が住み着いている。それが、愛せない気がするという「自信のなさ」である。

 

前項でも軽く述べたが、私は大学に入学してからの3年半で何度かフラグをへし折っている。その中にはもう、嫌われるんじゃないかの域を越えて明らかに私に気持ちのベクトルが向いているものもなくはなかった。でもその中の誰一人に対しても私は手を伸ばすことができなかった。ゆうぞうさんと一応は付き合っていたときに口説いてきた人や、交わしたメールのやり取りがあからさまに気持ち悪かった人のときは特に気にも留めていなかったが、4人目くらいで雲行きが怪しくなってくる。「俺の後輩が『俺、先輩といつも一緒にいる金髪の人めっちゃタイプなんです』って言ってるけど紹介してもいい?」と言って引き合わされた後輩くんは、特に何の欠点もなくいい人だった。気に食わないところは特に何もなかったのに、ある日急に面倒になって連絡を取るのを辞めてしまった。だって全然好きじゃなかったのだ。好きになりそうな気もしなかった。何が駄目でこの人が駄目なのかわからないのに駄目だった。

ゆうしくんと付き合うまでに半年も友達以上恋人未満の期間があったのもこのせいだった。押せばいけるんだろうなとはなんとなく分かっていた。アタックをかけていたのはどちらかと言うと私の方だった。でも、好きかと考えてみたらよくわからなくて、好きかどうかもわからない相手に告白する気は起きなくて、結局ゆうしくんに告白されるまで私からは何も言わなかった。そしてたった1か月で別れた。

 

大学生になるまで、私は自分をそれなりの恋愛体質だと思っていた。好きでも告白はできない行動力のなさはあったものの、幼稚園で初恋をしてから高校卒業まで『好きな人がいない』『だれも好きじゃない』という期間は全くなかった。私にとって誰かを好きなのは当たり前のことだったし、好きな人のことを好きかどうか迷うこともなかった。だって好きだった。

それなのに今は本当に誰のことも好きではない。好きな人の前でだけ可愛かった高校生までの私はどこかに消え失せ、今の私は24時間365日可愛くない。今なら恋をしているときだけうじうじしたりくよくよしたりする自分のことも仕方ないと思えるのに、私はいつだって元気でいつだって『女じゃない』ままだ。私だって人並みの欲はある。好きな人には会いたいし喋りたいし仲良くしたい。それは嫌われる怖さに勝る欲だ。この人が好きだと思うなら手を伸ばすのも怖くない。高校生までずっとそうやってきた。でもそれは裏を返せば、好きかどうかわからない人に手を伸ばすのは怖いということだ。怖い、怖いから手を伸ばせない。欲しいかどうかわからないものを欲しがるなんてそんなの変だ。欲しくなるまで欲しがれない。欲しかったら欲しいってわかるはずなのに、欲しい人が誰もいない。だから誰にも手を伸ばせない。

空から好きな人が降って来ればいいのに。落ちてきた瞬間もうその人のことが好きだったら迷いなく頑張れるのに。

 

 

「隙がない」「その気がない」とは要するにこういうことなのではないかと思う。

友人たちの言う通り私は傍から見たら恋愛する気がない人みたいに見えるのだろう。あるのに。めっちゃ愛されたいしめっちゃ愛したいのに。愛されるより愛したい、なんて謙虚なことは言わない。どっちも喉から手が出るほど欲しい。

 

 

 

・で、ジャニオタなのと恋愛できないのって関係あるのかな?

ここまで読めばわかると思うけど、多分あんまり関係ない。少なくとも直接的な因果関係はおそらくない。私がもてないのはジャニオタだからではない。しいて言うなら私はもてないからジャニオタなのであり、もっと正確に言えばもてないのとジャニオタなのとは同じ要因に端を発しているのではないかと思う。

それはたとえば愛されるのが下手だということ。アイドルたちはとても上手に愛してくれるから、嫌われたらどうしようなんてなんにも考えなくていい。私がアイドルを好きだというだけで、彼らは私を嫌わない。そして何より、愛するのが下手だということ。アイドルは愛されるのがとても上手だ。私がどんなにふんわり曖昧に彼らを愛しても、それが愛なら別にいい。これが好きじゃなかったらどうしようとか、これがちゃんとした感情じゃなかったらどうしようなんてなんにも考えなくていい。しかも私は、彼らに恋愛感情を抱いていない。愛でも恋でもないけど好きでいていいのはとても楽で、一方通行なのも楽で、でも私にとっては全然、恋愛の代替にはなっていない。

 

有名なはてなユーザーのジャニオタさんが自分の恋愛について書いたとき、「私の愛は分散してるくらいでちょうどいい」「彼氏一人に私の愛を向けたら重すぎてヤバいんじゃないか」というようなことを言っていた。そういうタイプの人もいるのだろう。それも「下手くそな愛し方」の一種なのかもしれない。ただひとつ確かなのは、私がジャニオタであることと私が恋愛が下手くそなことに直接的因果関係は特になく、従ってジャニオタを辞めたところで別に恋愛が上手になったりはしないだろうなあということである。

ジャニオタを辞めたら自分に自信が持てるなら足を洗う価値はあると思う。少なくとも私にとっては意味のある行動になるだろう。恋愛が少し上手になるだろう。でも違う。確かにたまに思う。「付き合っていつまでもジャニオタを隠し続けるのって無理だよな」「ジャニオタって割と地雷だよな」って思う。でもそれと私が抱く『自信のなさ』って別物だ。もっと根本的に自分を駄目な人間だと思っているのが駄目なのだ。その根本はジャニオタとはあんまり関係なくて、だからジャニオタであることは何の言い訳にもならない。

 

ジャニオタだからもてないんじゃない。不細工だからもてないんじゃない。なんかもっとでっかい何かが多分駄目なのだ。それを克服できる日が来たとしても、私はきっと増田さんのことやNEWSのことが好きなままだろう。

恋愛の代替ではないし、特に生きる上での足かせにもなっていない。いないがゆえに逆に、オタ卒できるビジョンはあんまり見えないけどそれはまたいつか暇なときにでも考えよう。

 

 

 

・最後に

以下、仲のいい友達とのラインのやり取り

湯坂「可愛げってどこに売ってるんですか」

友人1「まず彼氏を作ろう」

湯「ちょっと何言ってるかわからない。彼氏が欲しいから可愛げが必要なのであって、彼氏作れるなら可愛げなどいらない」

1「可愛げを試される前に速攻で落とすのだ。ポイントはボディタッチと上目遣い」

湯「それもはや可愛げじゃね?それこそが私に足りないものじゃね?」

1「違う。これはテクニック的なもの」

湯「みんなどこでテクニック身につけてるの、、、」

友人2「本能じゃね」

湯「あれ?私本能ないの?野生失っちゃった??」

 

 

 

【ゆるぼ】本能

*1:お弁当を2人で食べる、放課後の教室でお互いの好きな音楽を聴かせあいながら勉強する、予備校帰りに改札前で20~30分以上立ち話するなど。ちなみにゆうじくんが好きだという理由でアルバムを買った9mm Parabellum Bulletには残念ながら特にハマらなかった。

*2:この『なんやかんや』の間に、ゆうこちゃんがゆうぞうさんを好きになるという事態が発生したりした。私たちは男の好みが似ているのだが要するに2人とも趣味が悪い。

*3:いっそ性同一性障害だったら楽なのになんてくそみたいなことを考えたりもした。しかし私はどう考えてもただの女の子だった。