英雄は歌わない

世界で一番顔が好き

その奇跡の名前を僕は知らない


アイドルの選択は曲調から髪型、果ては行く末に至るまで何もかも全て私のコントロール不可能なものだから、出されたものを受け入れるか受け入れないか決める権利だけが私の手の中にある。そう思ってきた。思い知らされてきたと言った方がいいかもしれない。

毎日毎日、程度は違えどNEWSのことを繰り返し考えて、自分の気持ちを分かろうとして、分からなくて、そして眠ってまた朝が来る。仕事中とか友達と話してる時とかは切り替わるから生活に支障はないけどしんどくないと言ったら嘘になる。でもこれは怒りではないな、と思う。心を隅々まで見渡しても、誰への怒りも私の中にはない。
起こってしまったことは変えられなくて、そして目に見える範囲のことから判断する限りでは、私は今こうなっていることを妥当だと感じている。

厳しすぎるとも優しすぎるとも思わない。法を犯したわけではないのに?私生活の領域に事務所がここまで制裁を与えるのは正当だと思いますか?といった主旨の質問をいくつか受けているのだが、少なくとも現時点では事務所の処置を理不尽とは思わない。

 


■君がしたこと
手越さんが今受けている「芸能活動完全自粛」という処分は、おそらく単なる緊急事態宣言下の外食に対して課されているものではない。
まず緊急事態宣言が出されているさなかに酒席へ赴いたこと。その結果事務所を挙げてのプロジェクトへの不参加が決定した状況の中で再度酒席へ参加したこと。そしておそらくは事務所との話し合いが決裂したであろうこと。
一度目の酒席参加でSmile Up Projectには不参加になったことも、二度目の酒席参加とその発覚後の話し合いの結果芸能活動自体の休止が決まったことも、行いの結果として理不尽な処罰ではないというのが私の意見だ。手越さんは確かに法には反していないが、事務所が求めるアイドル像には反した。ならば事務所のアイドルとしての活動を止められることには一定の正当性があるだろう。

 


■アイドルかくあるべし
とはいえ手越さんの今までのあり方も多分事務所が求めるアイドルらしさに狂いなく適合していたわけでは全くないだろう。ファンに見えるのは表面だけだが、それでも自信を持って言いきれる。手越さんの振舞いは曇りも傷もない綺麗な優等生とはとても言い難かっただろうし、それは手越さん自身もよく分かって意図的に選んだあり方だったと思う。

アイドルらしさ、と口で言うのは簡単だが、事務所が彼らに求める事務所にとっての「らしさ」にも色々ある。彼らに掛けられている枷を分解すると、おそらく大まかに3つに分けられる。(あくまで私の目から見てこう見えるという話なので事務所やアイドルにとってどうかはここでは置いておく)

一つ目、法に反しないこと
二つ目、利益を損ねない振舞いをすること
三つ目、事務所のビジョンを体現すること

一つ目は簡単だ。飲酒運転しない、暴行しない、未成年飲酒をしないさせない。薬物を乱用しない、脱税しない、強盗しない。ただ言葉通り、犯罪をしないこと。抵触した時の処罰が1番厳しいのは多分これ。

二つ目、ファン離れに繋がることや事務所の利益を減じることをしない。二股するとか個人でSNSやるとか、若いうちは恋愛そのものとか、あと副業禁止とかもこの類。どこまで明文化されてるか分からないけど、早い話が事務所の内規的なものだ。すごい雑に言うと「いい子であること」って感じかな。

最後三つ目、事務所のビジョンに反しないこと。ジャニーズ事務所は大いにとち狂っているところもあるが、一方でアイドルを世に出す存在としての矜恃はそれなりにある。と思う、きっと。倫理が狂っているところとガチガチなところが混在していて、その中の「ガチガチなところ」を生み出しているのがこのビジョンの強さであるように見える。
反戦と平和。地球と人類に資すること。希望ある未来を作ること。トンチキな歌の中で繰り返し繰り返し歌われてきたもの。


二つ目と三つ目の境界はそこまで明確ではないだろうけど大体こんな感じ。
今回の手越さんの行動は一つ目には反していない。緊急事態宣言には法的拘束力も強制力もないから。けれど、二つ目の縛りにも三つ目の縛りにも反したものだったと思う。優等生なアイドルはこの状況下でそうはしない。そしてジャニーズのアイドルもそうしないアイドルであることを事務所に求められている。この三つ目の「ジャニーズらしさ」に反したこと、手越さんの意図するあり方と事務所のビジョンが齟齬を起こしているらしいことに、私は今史上最高のダメージを受けている。

 


■俺はどんな時も俺でいたいから俺じゃない俺なんか要らない
手越さんは縛り付けられるのを嫌う人だ。裏表のあるあり方を嫌がる人でもある。たとえば増田さんが舞台裏が絶対に見えないよう徹底的に覆い隠した上で「俺はアイドルだから舞台裏なんかないよ」と言うタイプだとしたら、手越さんは360°すべてステージにして「俺に舞台裏なんかないよ」と言ってみせるタイプだ。そういう風に、「アイドル手越祐也」と「人間手越祐也」の間に乖離も齟齬も挟みたくない人。

そうやって生きてる手越さんは今までも全然優等生ではなかった。友人と集まり、お酒を飲み、「連載」と冗談にされるほど週刊誌にも載ってきた。あることないこと書き立てられては「全然違う!」とWebで怒ってみせたりした。真偽も分からないLINEのスクショ、ゲームの音声、キャバ嬢のツイート、そういうの色々。
色々、全部、全てが真実だったってことはない。けど中には本当のものもあっただろう。そしてそういうもののほとんど、多分手越さんは「バレなければいい」からやったんじゃない。「やってもいいと思った」からやったんだろう。
これは自論だけど、人間は基本的に「正しいこと」と「仕方ないこと」しかしない。痩せた方がいいと思うからダイエットして、食欲に負けて仕方なく食べる。成績は高い方がいいから勉強して、めんどくさいからサボる。

手越さんにとって優等生ではないことは、欲に負けてとか自分を律することが出来なくてとかそういう話では多分なかった。やりたいようにやるアイドルでいたかっただけだ。
いい子でいることよりありのままであることを、優等生であることより正しいと思ったことをすることを、沈黙を貫くよりは暗黙の了解を破ってでも自分の言葉で語ることを――

これだって結局推測だから全てが当てはまってるなんてことはないだろう。でも丸っきり間違いってことはないと思う。概ね手越さんはそういう人だった。
そういう手越さんを、特に問題だとは思ってこなかった。


今まで出たたくさんの報道、色々あったあれこれ、そういうもののほとんどが、私にとってはそもそも別に問題ではなかった。我慢出来る出来ないじゃなくて、ただ気にならないから気にしなかった。いや、全部じゃないかな。未成年がいたのでは?って言われたやつと先輩の悪口言ってたぞってやつは本当だったら嫌だなとは思った。それ以外を問題だと思ったことはなかったし、今も同じ気持ちでいる。
手越さんの哲学は手越さんが決めるものだ。どんなアイドルでいるかはアイドル自身が決めていい。
話を垂れ流す人がそばに居るとしたら嫌だとか友人とされる人が個人的にいけ好かないとかはあったけど、でも今までの出来事はジャニーズとしての哲学の域に収まっていたと思う。アイドルとして「優等生じゃない生き方」を選んでるんだとしか思わなかった。

 


■正しいか仕方ないか
初報、すげー凹んだ。というか思考の海に突き落とされた。
人として正しくないと思った。理由はどうあれ正しくない。罪ではないとしても肯定できない。
「優等生じゃない」のと「正しくない」のは違う。これはアイドルとしての哲学の話じゃない。この社会の状況の中で人としてどう振る舞うかの話。自分のためにも社会のためにもした方がよい我慢をしなかった。なんで?じゃあ仕方ないね、って言える理由を思いつけなかった。「こうかもしれないから何も分からず批判するのは……」と言えるようなことを何も。

法に反していなければ何をしてもいいわけじゃない。法律というのはいわば「絶対超えちゃいけないライン」であって「ここを超えさえしなければセーフ」では決してない。
そもそも、ほとんどのしてはいけないことはあくまでそれをしてはいけないだから駄目なのであって法律違反だから駄目なのではない。人を殺してはいけないのはそれが法律違反だからではない。逆だ。人を殺してはいけないからそれは法律違反と定められているのだ。
でもだからこそ難しい。「本当の正しさ」「絶対の正しさ」というものを全て定めることはできない。日常における行動は自分でしてもいいかを判断し自分で決めなくてはいけない。

今回の手越さんの行動は、手越さんがアイドルであろうとなかろうと正しくないと私は思ったし、どう思うかと聞かれたら今でもそう答える。
Smile Up Projectへの不参加、それ以外の芸能活動の継続。その事実自体は悲しかったし寂しかったけど、そうなって当然の妥当な処分だと思った。

続報が来た。
あ、これは「仕方ない」やつじゃない。と確認できてしまった。我慢できなくて欲に負けて酒席に参加した人のとる行動ではない。反省している人のとる行動ではない。「やってもいい」と思ったからやったのだ。おそらくは、いやさすがに確実に、初報が出て事務所企画への不参加が決まった時に事務所と話はしただろう。今外に出るのは違う、自分の行動の意味を考えろと事務所に言われただろう。そういう話をした上でそうした。自ら選んで。私と手越さんの正しさ、今全然違うなと思うと辛かった。
ヤケクソなのかも、とか、今どんな人と話をしてるんだろうとか、心閉ざしてないかとか何考えてるんだろうとか。そういうこと色々考えて、それから、戻ってくることが有り得るだろうかとぼんやり頭の片隅で考えた。

4月、5月の状況の中で「自分にできる限りの最大限の感染拡大防止」をしない人は、ジャニーズ事務所と同じビジョンを持てない人だ。未来や平和についての考え方がジャニーズ事務所と違う人だ。それはつまり、ジャニーズ事務所の理念を体現することが出来ない人だ。

事務所は多分折れない。手越さんは考えなしに行動したわけじゃない。平行線が交わるためにはどちらかが折れなきゃ駄目でそれは手越さんが折れるしかなくてでもそんなことするのか分からない。分からなかった。ジャニーズであることと天秤にかけた時に傾くのが私たちの方なのか、そうじゃないのか、分からない。というより、現時点では天秤は「何か」の方に、「手越さんにとっての正しさ」の方に傾いている。だからこれはどちらを選ぶかの話ではない。こちらへ戻ってくるかどうかの話だ。戻ってきてくれるんだろうか。分からない。

 

 

■教えてくれたのは、君でした
信じてる、諦めない、絶対また見たい、という言葉をみてなんだか座りが悪かった。私多分、もう諦めてる。というより、もう既に思い出してしまっている。
アイドルがアイドル自身の意志で辞めると決めた時、できることはもう何もない。引き止めるためにできることも、それ以上アイドルのためにできることも、もう何も。
悲しいことが起きる度にいつも味わってきた感覚、悲しいことに初めてではない感覚。無力感と脱力感。だから、分かったとか知ったとかじゃない、思い出した、なのだ。


NEWSにメッセージを送ろう、という企画に1枚の写真を提出した。自分が何を伝えたいのか、そもそも何か伝えたいのかさえよく分からないまま、手元に残っている1番古いNEWSに関する写真を選んだ。
6人時代に4人でやったバラエティ番組とコンビニのコラボ商品のパン。ずっとずっと欲しくてたまらなかったレギュラーバラエティ、本当はグループ全員でが良かったけど4人でも嬉しくて、コンビニとのタイアップが嬉しくて記念に撮った。当時はまだガラケーだったから画質はガビガビだし、光の反射でパッケージもよく見えない下手くそな写真。辛うじて読める消費期限の日付は2010年のもので、あれはもう10年前なのかと思うと変な感じがした。

これがNEWSの誰かの目に入ったとして、何を思ってほしいんだろう。それもよく分からない。まだ分かってない。でも、たとえば「ずっと好きだよ、4人を絶対待つよ」とか「NEWSが何より大好きだよ」「愛してるよ」みたいなことが言いたいんじゃないな、とは思う。
絶対諦めない、絶対また見たい、と言えない。思えない。
だってあの時もう見れなかった。だってあの時諦めた。だってあの時、諦める以外に6人も4人も好きでいる方法を知らなかった。今この胸に渦巻く無力感を私に叩き込んだのは、紛れもなくNEWSの6人だ。


実際のところ手越さんが具体的にどんなことを考えているのかは分からない。でも少なくとも事務所の方針や要請に反する行動に繋がる考えを彼は持っていて、そしてその考えを貫くことに事務所に従い己の地位を守るよりも価値を見出している。

今までだって事務所の思い描く理想のアイドルと手越さんの志すあり方は大して重なってはいなかっただろう。でも両者の譲れない部分は何とか衝突を避けてやってこれた。努力と偶然によって決定的な事態は回避されてきた。
事務所が急に変わったわけでも手越さんが急に変わったわけでもない。ずーーーーーっとこうなる要素はあって、でも表面化に至らずやり過ごしてこれただけ。新型コロナウイルスのあまりに甚大な影響でついに破綻が起きた。
事務所が「もういいよ」って言ってそれで手越さん自身は何も変わらず戻ってくる、というのは多分ないと思うしあってほしくない。今回事務所間違ってねえもん。事務所が許す許さないじゃない。手越さんが事務所に歩み寄るかどうか。
もしも今までのあれこれと同じような気持ちで「俺は俺らしくいたい」「俺の思うようにしたい」って思ってるならそうじゃないよって言いたい。これ、優等生でいるかどうかの話じゃないよ。ジャニーズのアイドルでいるかどうかの話だよ。でもいくらなんでも分かってないってことない気がする。

私はNEWSが好きで4人が好きで手越さんも好きで、手越さんを、今まで見てきた手越さんを信じている。手越さんからファンへの愛も、ファンの愛が手越さんに届いていたことも信じている。だからそれはつまり、それでもこうなったのだと考えているということだ。ファンの愛は、NEWSへの愛着はちゃんと手越さんの中にあって、ただそれは自分にとっての正しさを捨てて事務所に頭を下げる理由にはならなかった。でもそれって当たり前だよなあ。手越さんはそういう人だよなあと納得する気持ちもある。


そう、手越さん。手越さんなのだ。
今、4人のNEWSが続くかどうかを決めるのは手越さんだ。
山下くんと錦戸くんが脱退した時も、BLUE発売前後のあの時も、私はずっと何か分からない大きなもの、多分事務所に祈っていた。NEWSをなくさないで、続けさせて、私から取り上げないでって心から思った。でも今ごめんなさいお願いしますって言うべき相手って事務所じゃない。別に、事務所今、私たちからNEWSを取り上げようとはしてないと思う。言うべき相手がいるとしたらそれは手越さんだ。
手越さんにそれをお願いするのは、なんだか変だ。いなくならないでって、ずっと見たいよって、だってそんなのファンの気持ちより手越さんの意志が勝るに決まってる。アイドルってそういうものだ。あなたの意志に反してアイドル続けてよと言うのも、あなたの信念変えてよと言うのも違う気がして、彼に対して何を言いたいのかよく分からなくなる。

 


■待っている
無力感に包まれたまま答えが出るのを待っている。「答え」が4人だったらいいなと心から思う。思ってるつもり。でも4人じゃなきゃ駄目だとは思わない。4人だけがNEWSだとも絶対4人がいいとも、信じてるとも言わない。なんでもいいから帰ってきてなんて絶対言わない。全然なんでもよくなんかない。
帰ってくるのを待ってるんじゃない。答えが出るのを待っている。
その答えが私の望み通りである勝算はどれくらいだろう。変わってくれとは言わない。愛が届けば何かが変わるとも思えない。だからまあ、今私が祈る最善の答えをきっと、それこそ奇跡と呼ぶんだろう。