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英雄は歌わない

世界で一番顔が好き

二兎を抱いてゆけ


1年と少し前、「一個人のあなたそのものを愛しているわけじゃなくて、擬似人格の『あなた』が好きで応援している。『あなた』の輝きが減ってしまうからあなたの恋愛を見たくない、隠し通されていたい」という話をブログに書いた。

アイドルに対して恋愛感情は抱いていない、アイドルが恋愛することに嫌悪や怒りはない、でもアイドルには恋愛を隠していてほしい。これが私の現在のスタンスである。

 

 

国分さんの結婚、大野さんの熱愛報道、アイドルの恋愛禁止裁判……などなど。(今思い返すとどれも既に懐かしい)
この時こう書いたのは本当に素直な気持ちだったし、取り繕ってもいなければ耳触りのいいことを嘯いたわけでもなかった。でも、今の私はこの時とは少し違うことを思うようになった。


アイドルに対して恋愛感情は抱いていない、でもアイドルには恋愛を隠してほしい、だけどアイドルには恋愛をしていてほしい。


恋愛していても構わないから隠していてほしかった。それが今では、隠していてほしいけれど恋愛していてほしい。相反するようにも思えるけれど、心底そう願っている。


・女って人間なんだけど知ってた?
少し意外に思われるかもしれないが、こういう風に思うようになったきっかけは誰のスキャンダルでも結婚でも引退でもない。2015年に発売された加藤シゲアキさんの短編集『傘をもたない蟻たちは』を読んだことがその端緒だった。
知らない方もいるかもしれないので軽く補足しておくと『傘をもたない蟻たちは』は加藤さんが出版した4冊目の単行本で6作の短編が収められている。もちろん6作全てがフィクションで、加藤さんの個人的な経験を窺い知ることができるような作品はない*1
しかし私はこの本を読んで漠然と不安になった。傘アリに収められた短編はどれ一つとして加藤さんの伝記に類するものではない。これは本当だ。けれどこの本を読んで「もしかして加藤さんは女を女としか思っていないのではないだろうか」「加藤さんの女性観はもしかして……」と思わずにはいられなかった。

もしかして、と思うこと自体が多分失礼で、今までずっと見てきた加藤さんはそんな人ではなくて、でもそう感じてしまった。男は男である前に人間で、女も女である前に人間で、その間にどんな違いが横たわっていようとも、どちらにとってもどちらも理解不能な異星人でも化け物でもない。私はそう感じて生きてきたけれど、けれどあの本に出てくる女の子/女の人は大体がどこか空っぽで男とは分かり合えない生き物だった。
どこからどこまでが意図的なものか、彼が何を伝えたくて彼女達を書いたのか、それは私には分からない(ほんとうに純粋に加藤さんが性癖としてそういう女の人が好きなだけという気もする)(加藤さん、振り回されたり圧倒されたりするの好きだから……笑)。120%わざとかもしれないし、なんの意味もないかもしれないし、私が読み取る雰囲気を間違えたのかもしれない。それでも、きっとそんなことはないのだろうけど、でも、もし加藤さんの中にほんのちょっぴりでもそういう女性観があるのだとしたら、そしてそれが意図せずして滲み出てしまったのだとしたらとてもかなしいなと思った。

かなしい。

そう、かなしかった。
真偽なんか分からないからどうにもならない、こんなこと考えたってなんの意味もない。だけど1つだけ確かなことがあって、それがとてもかなしかった。

私がいやだと思った女性観、かなしいと思ったものの見方、それは、もしも一般的なアイドルの皆が、ファンの大多数の望む通りにアイドルを全うしアイドルらしく『真っ当』に生きてきたらごく自然ななりゆきで身についてもおかしくない価値観だ。だからこそ私は加藤さんのそれを意図せず滲み出てしまったものかもしれないと感じたし、自分が望む『真っ当』がもたらしうる虚しさがかなしかった。

私生活でもバカ真面目にアイドルやってるアイドルばかりじゃない。大人になってから時効だよねって話されるエピソードはどれも『ふつう』の恋愛話で、こんなこと私が心配してる間にもあの子もその子も誰かが好きすぎて頭がおかしくなりそうだったり胸が痛かったり腰を振ってたりするかもしれない。そうやって「女なんてこんなもんだな」とか「人間てこんなに他人を慈しめるんだな」「恋愛したらみっともないのなんて人類共通か〜」なんて学んでたりするかもしれない。
でもそれは、あの子やその子が私たちを裏切って生きてるからだ。私たちの望む通りに生きようとして、思春期全部『正しく』生きてくれたら、そうして身につく人間観がちゃんとしてなかったとしても、女なんか怖いとか嫌いとか馬鹿とか思われてたとしても、なんの文句も言えない。だってその子がそう思うのは仕方のないことだから。それは、私たちのために彼が育ててくれたもの、『真っ当』に生きてきた結果だから。


・君よ素敵な人でいて
加藤さんの脳みそが好き、とよく言う。考え方、綴る文章、紡ぎ出す歌詞、そういうもの。加藤さんの頭の中にあるものが大好きだから加藤さんが好きだ。
いつまでもずっとこう思っていられたらいいなあと思う。多趣味だけどちょっと飽き性なところを笑いながら人見知りを愛しく思って、狭い人付き合いしかしないはずの人にめちゃめちゃ好かれてることに驚きながらたくさんの素敵な人に「彼は素敵な人だよ」って言われているところを見ていたい。
私は自担である増田さんに対して「理解したい」とか「中身を知りたい」みたいな欲望があまりない。けれど、顔が広くてどこに行っても知り合いがいる彼、たくさんの人に愛されているらしい彼の姿を見る度、ああきっと増田さんは素敵な人なんだろうなあとは思う。普段散々偏屈だの恋愛対象と思えないだの理解したくないだの言ってるアイドルが、1人の人間としてはちゃんと素敵な人っぽいなと察するとき、オタクとして釈然としないけど人間として嬉しい。変、分かんないって言ってる私は結局ただのファンで、増田貴久って人間と人付き合いをするとどんな感じなのか一生分かんないんだなあって思うとちょっと寂しくて、でも嬉しい。
素直な気持ちをいえば、好きなアイドルみんなのこと加藤さんとおなじくらい強く「好き!」って思いたい。考え方が好きだなあって思いたいし人生相談したらいい答えが返ってくると期待したいし叶うことなら友達になりたいと思いたい。(それで結局「でもアイドルとしての彼が1番好き」って言いたい)
素敵な人でいてほしい。私が今まで見てきた表に見える素敵な『あなた』の積み重ねが、今目に映る『あなた』へと続いてきたように、見えないところでも一つ一つよい経験を積み重ねて、過去も今もこれからもずっとキラキラの重なりで構成されていてほしい。どうか「ああきっとすごくいい人なんだろうなあ」「飲み友達になれたら楽しいだろうなあ」「好きだなあ」と思わせていてほしい。あなたを好きでいたい――だってあなたが好きだから。


・倫理と欲望
素敵な人でいてほしい、貧しい考えの人であってほしくないという願いは、つまり豊かな人生を歩んでいてほしいということなのかもしれないとなんとなく思う。
それは別に絶対の条件じゃないかもしれない。良い親に恵まれなくても良い人に育つことは出来る。幸せな境遇にあっても不幸な話は書ける。恋愛をしたことがなくても人を慈しむことの意味は知れる。絶対、100%、ではない。ないけれど、恵まれて育つに越したことはないし、幸せに過ごすに越したこともない。よい人間に育つ一番の早道は、よい人生を歩むことだと思う。
そういうことをつらつら考えた時に、ふと思った。じゃあ、わたしは、好きなアイドルにマトモでいてほしいがために「彼らは幸せであるべきだ」と考えているのだろうか。彼らの人格が歪んでしまうのが嫌だという理由で「フツーの人生も味わうべきだ」と考えているのだろうか。彼らの幸せは、私にとって手段だろうか。

答えは否だ。圧倒的に、本当は、考えるまでもなく全力で、否だ。

私は彼らに幸せになってほしい。あなたも『あなた』もひっくるめて、どうか幸せを感じる時間が1秒でも長くあってほしいと思う。この感情は私の倫理観によるものではない。ただの欲望で、それ自体が目的だ。私は私の私利私欲のために彼らの幸福を願っている。素敵な人であってほしいという身勝手な期待と同じか、もしくはそれ以上に強く、どうか幸せであってくれと身勝手に願っている。
どうか1秒でも多くの幸せを、1ミリでもよりよい人生を、1つでも多くの望みの実現を。素敵な人であってほしい、だってあなたが好きだから。幸せになってほしい、だってあなたが好きだから。彼らについて考えると、いつもそこに帰ってきてしまう。私の倫理が理性が、そして何より欲望が、彼らの幸せを求めている。


・二律背反な幸せたちと、私が彼からほしい全てのもの
1つでも多くの幸せを、と思うけれど、世の中には絶対に両取り出来ない幸せも存在する。私は普通のOLで、今の仕事で辛いこともあるけど(忙しい時期は1週間毎日22時退社とかね…)(今だよね……)結構楽しくて幸せだ。でもたまに、選ばなかった今に思いを馳せてしまうこともある。あのとき選ばなかったあの会社に入ってたら今頃静岡の工場で働いてたのかなあとか、六本木でカメラ作ってたかなあとか、選ばなかったその人生はどんな幸福になっただろうかと全く考えないと言ったら嘘になる。でも、それを考えたって仕方ないことも同時に分かってる。早稲田と慶應両方に入学することは出来ないし、サッカー選手と宇宙飛行士は両立できない。菅田将暉星野源の両方と結婚することも絶対出来ない。今「いやどっちとも出来ねえだろ」って思った人は後で体育館裏に来るように。
世の中には、そんな幸せがたくさんある。あっちを選んだら選べないもの。一つしか得られないもの。どうしようもなく分岐してる道。
なるべくたくさんの幸福がほしいし、私の好きな人にもなるべくたくさんの幸福を掴み取ってほしいけど、全部は無理だ。それは仕方のないことで、どれを選ぶかを決めないわけにはいかない局面が人生にはたくさんある。それはきっと幸福の数だけあるんだろう。全部は無理、それは動かしようのない事実だ。
その上で、「アイドル」という幸せと「恋愛」という幸せは、両取りできないものなんだろうか、二律背反の幸せなんだろうか。どっちかを選んだらもう片方は捨てるしかない、そんな類のものなのだろうか。

そうだと言われればそんな気もする。そういう風に出来てる気もする。
だってあなたは私の『彼氏』でしょ。だって何より大事だよって言ったのそっちじゃん。だって人気とあの女であの女選ぼうなんて思わないでしょ。だって、だって…だって、あなた、アイドルでしょ。

そうだろうか。本当に。アイドルであるということは、恋愛と両立できない、してはいけないものなのだろうか。あれとこれとどちらか1つ選んでね、もちろんこっちを選んでね、私はそういう風に思ってるんだろうか。
そうじゃないかもしれない。ほんとはそんなことないのかもしれない。私はアイドルに恋愛を捨ててほしいなんて、ほんとは思っていないんじゃないかって、最近そう思うようになった。

恋愛がわかりやすいけどそれに限った話ではなくて。アイドルをすべてになんかしないでほしい。いつか私の大好きな人が自分の人生を振り返って、「アイドルでいることが僕の人生の全てでした」「アイドルでいることに全てを捧げてきました」と言ったら、私は多分泣いてしまう。アイドルでいることだけが全てだなんて、そんな人生は送ってくれなくていい。いつかあなたが人生の終わりに「僕は1人の人間として不幸だったけど、アイドルとして幸せだったなあ」と思うなんて絶対にいやだから。ちゃんと生きて、ちゃんと幸せで、人生楽しいなって思っててほしい。「アイドル人生楽しいな」じゃいやだ。「人生楽しい」って思ってほしい。アイドルでいることを、人としての不幸と引き換えになんかしてくれなくていい、しないでほしい、お願いだから。


・It's too short but too long
たとえば20代前半の女の子が10年続けたアイドルを辞めるときに「アイドルが私の青春の全てでした」と言うとして、私の心はジャニーズアイドルがそう言うときのようには痛まないだろうと思う。だってまだ彼女の人生は取り返しがつくから。得たものと同じくらい失ったものもあるかもしれないけど、彼女の人としての人生はまだまだ可能性に満ちている。

でもジャニーズは違う。いつかアイドルとしての幸せと人としての幸せが齟齬をきたす日が来たら、そうしたら人としての幸せを選んでねってずっと思ってた。だから今はまだアイドルを選んでね、いつかが来るまで、いつか、いつか然るべき時、丁度いい時、仕方なくなる時。
いつか、っていつだろう。ちょうどいいとき、っていつだろう。

去年V6の長野くんが結婚した。44歳だった。私の周りは祝福モードで、流れてくる声の中には「理想の結婚の仕方」「アイドルとして理想的」というものも一定数あった。長野くんの結婚の仕方いいね、年齢もこれくらいだとファンも落ち着いてて受け止められる人も多いね、ってニコニコしてる人が沢山いた。
44歳。
ちょうどいいねってみんなが許した長野くんは、そのとき44歳だった。その歳なら、もう子供が中学、高校に入っている人も多いだろう。そんな年齢まで「いつか」は来ないんだろうか。そこがようやく「ちょうどいい」年齢なのだろうか。そんなのいくら何でも遅すぎやしないだろうか。
もっと怖いのは、この「ちょうどいい年齢」のハードルは、これから先上がることはあっても下がることはなさそうなことだと思う。アイドルと恋愛は両立しないよね、いつかが来るまで我慢してね、ってファンが思う時間はきっとどんどん長くなっていく。

アイドルのみんな、何歳までアイドルでいてくれるかなあ。44歳になっても私の好きな人はアイドルのままかなあ。13年後って想像つかないけど、きっと彼はまだアイドルだ。もしかしたらまだ「まだ恋愛は見せないで〜><」って思ってるかもしれない。
長いなあ。アイドル人生は、「いつかが来るまで人生は置いとこう」で済ませるにはあまりにも長い。だけど短い。アイドル人生は「アイドルやめる時は死ぬ時だから人間人生は諦めよう」で済ませるにはあまりにも短い。だって、一生掛けてアイドルを好きでもアイドルが私を看取ってくれないのと同じように、一生掛けてアイドルやってくれたってファンはアイドルを看取れない。アイドルを辞めても彼の人生は終わらない。老いて死んでゆくまで、どんな風に過ごすのだろう。彼が全てを私たちにくれたら、彼の死にゆくまでの残りの人生はどんなことになるだろう。


あまりにも長くて、あまりにも短いから、「いつかが来るまでアイドル以外は諦めて」なんて、私はもう口が裂けても言えそうにない。

 


・二兎を抱いてゆけ
私は恋愛しない『あなた』を見ていたい。だけどあなたのありふれた幸福の邪魔をしたくない。隠し通したままいいようにやっててほしい。何を言ってるのか自分でもよく分からない。でもそう思う。

アイドルに対して恋愛感情は抱いていない、でもアイドルには恋愛を隠してほしい、だけどアイドルには恋愛をしていてほしい。

見たくはないけどやっててほしい。覚悟を持って裏切って、自覚を持って両取りしにいってほしい。諦めないでくれ、人生を。掴みに行ってくれ、アイドル人生と同時に。
そしてどうか、二兎を抱いて死んでいってほしい。だってあなたが好きだから。

 

*1:何をもって「窺い知ることが出来る」とするかにもよるが、少なくとも直接的な自伝要素を持つ作品はない