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英雄は歌わない

世界で一番顔が好き

私がJr.なら尊先はきっとKAT-TUN

こんばんは、お久しぶりです。ご縁があって、5月1日KAT-TUNの10ks!コンサートのオーラスに参戦してきました。本編ラストの挨拶で初対面のフォロワーさんに縋り付きそうになるくらい泣いて、たくさん叫んで最後は笑って、まだ熱が冷めやらぬ思いです。(嘘です流石に我にかえりました。)

というわけでコンサートの感想書くと思うじゃん?書かないんだなこれが。
なんかもっとざっくり、KAT-TUNかっけ〜〜って話をしに来たよ。


・アイドルソングと王道と覇道
今回わりと早々にKAT-TUNコンに行く決意だけは固めていたので、アルバムの方の10ks!もほぼ発売日くらいには購入した。hyphen select盤がついている赤いやつである。それを聴いてびっくりした。

好きな曲が、いっぱい、ある。

すごい曲やいい曲、かっこいい曲がたくさんあるのは流石に知っていた。しかしそうではない。『私の好みの曲』が意外なほどたくさんあったのだ。GOLD、PERFECT、Will Be All Right、ハルカナ約束……
これらの曲を知っている人ならもう言わなくても分かるだろうが、私はアイドルソングが大っ好きだ。これまで、「KAT-TUNで1番好きなのは喜びの歌」と公言していたし、それだけはシングルも持っている。嵐のOh Yeah!とかHey!Say!Jumpの明日へのエールとか、あとはJr.曲のHappy Happy Lucky Youやララリラなどの明るくてアイドルが歌ってそうな歌が大好きだ。
そういう曲がいっぱいあった。こんなにあるとは思っていなかった。Disc1、2には私が知っている通りのKAT-TUNの曲が並ぶ中、Disc3だけキラキラしていた。ファンが選んだ好きな曲がこうなるなんて、KAT-TUN=かっこいいだと思ってたのは何なんだろうなって少し思った。
そりゃあ、当たり前だ。かっこいい曲しか歌わないグループも可愛い曲しか歌わないグループもないし、ポップな曲しか歌わないグループもバラードしか歌わないグループもない。You&J時代でも、関ジャニ∞にはかっこいい曲もあったしかわいい曲もあった。NEWSにだってかっこいい曲も暗い曲もあった。それと同じことだ。それでもなんだかびっくりした。多分、キラキラした曲の存在にびっくりしたわけじゃない。それでもずうっと私の中でKAT-TUNがかっこよかった、という事実に改めて驚いたのだ。
KAT-TUNが歩んでるのは、ほかとは違うけどめちゃめちゃ強い覇道だと思ってたのに、彼らは案外王道にもいたらしい。全然こっち側にもいたらしいのに、あんなにも強く強く『打ち破っていく側』オーラを出していたKAT-TUNどうなってやがる、と感心した。

 

・だけどやっぱり覇者でした
1階スタンドほぼどセンター前から14列目、というサイコーの席から観た(回数入れるなら天井からもみたかったしアリーナにも入れるもんなら入りたいけども)KAT-TUNは、そりゃあもうかっこよかった。NEWSコンがデートだとしたらKAT-TUNコンはベッド、とかいうけどなんかもうそんなんじゃなくて、圧倒しに来た人たちと圧倒されに来た人たちの殺戮ショーみたいだった。見下ろしてるはずなのに見上げてるみたい。NEWSコンの私が1人×55,000だとしたら、KAT-TUNコンの私は1人/55,000だった。今のNEWSのコンサートは多幸感で圧殺される感じなんだけど、KAT-TUNは攻撃的な限界突破で殴り殺される感じ。結果何見てもわりと死ぬ。
あーーーかっこいいーーー!!!って何度も思った。死ぬほど思った。満足感じゃなくて、満足のもっと上を内臓に直接叩き込まれてるみたいだった。大事な10周年で、エモーショナルな要素がなかったわけじゃない。私が好きになったきらきらした曲も満載のセトリだった。それなのにやっぱり、可愛いよりもきらきらよりも王道よりも何よりも、覇者だった。強くてかっこよくてとまらない男の人たちがいた。
なんだか安心した。私が憧れていた通りのKAT-TUNが、羨んでいた通りのKAT-TUNがちゃんとそこにいる。きっとそれだけはずっと変わらない。今までもこれからも彼らはずっとずうっとKAT-TUNなんだろう。

 

・そうは言っても泣いたけど
本編最後、中丸さんが泣き出して、みんなバラバラのところから出ていくはずが全員でぎゅうっと固まったとき、耐えられず泣いた。その日が初対面だった同行者さんにすがりついて泣いた。なんで泣いてるのかももうよくわからなくて、かなしかったのか悔しかったのかさみしかったのか今でもわからない。あの瞬間、広い東京ドームが啜り泣きに満ちて、演者と観客と双方の感情がぐわんぐわん揺れた。

10年。

いろんなことを経験して、何度も道を別ってきて、そうして辿りついたあの東京ドームにエモーショナルな要素を全く持ち込まないなんてそんなこと出来るはずない。観客にも演者にも無理だ。それは流石にKAT-TUNだって例外じゃなくて、悲しい悔しい嬉しいさみしいありがとう好きだよありがとう!って、きっとみんな心で叫んでた。いいとか悪いとかじゃなくて、そうすべきだったすべきじゃなかったとかじゃなくて、ただそこに55,003人の感情が溢れていた。
あそこは私のホームでも何でもないのに明日にでもあの場所に帰りたかった。次のコンサートにも絶対に行きたかった。そう思わされた要因に、あの感情の爆発が全くなかったと言ったら嘘になる。物語を物語らないことに定評のあるKAT-TUNだけど、あの日は無弁ではなかったように思う。


・ここから本編--カッコイイオトコノコ
さて、前置きが長くなったが、今日の私は別にKAT-TUNのコンサートの話をしたいわけではない。彼らがかっこいいという話をしたいのだ。
去年初めてNEWSを生で見て、ほんとうに心の底からあの場所に立ちたいと思った。「私が10歳の少年で、あのステージを見たならば、今すぐにでもあの場所に立ちたくてたまらなくなっ」ただろうことにはほんとうに自信がある。でも。

でも、もしも本当に私が10歳の少年だったなら、私はきっとNEWSには憧れなかっただろう。もしも私が10歳の少年で、なんだかよくわからないけどお姉ちゃんとかクラスの女子とかのすすめでジャニーズ事務所に入ったなら、絶対絶対ぜーーーったい、私はKAT-TUNの誰かに憧れたと思う。
女の子にきゃーきゃー言われるためじゃなくて、自分がかっこいいと思える自分になるために生きているようにみえるKAT-TUNに、心の底から憧れただろう。
私はそれがずっと眩しくて羨ましくて妬ましくて、その気持ちを8年抱えたままNEWSのファンでいる。


・かくも彼らはかっこいい――心と脳と屁理屈と
Hey! Say! JUMPはかっこいい。と、私は思っている。ふざけているわけでも馬鹿にしているわけでもなく、可愛さを武器にする今日も彼らはかっこいい。それがどんな種類だろうと、何らかの刃を振り抜いて戦うことを決めた人は誰だってかっこよくて愛しい。
カワイイを武器にして研ぎ澄まして、世界全部を切り裂いて進んでいく。それを武器にするって決めてるところ、その武器の切れ味に本気なところ、すごくすごくかっこいい。9人で一糸乱れぬダンスが踊れることを知っている。それを武器にするために実力がバラバラなメンバーが相当な努力をしただろうこともなんとなくわかる。彼らは十分にかっこいい。この世界で戦っていけるくらいのかっこよさをちゃんと備えている。それでも、それでも『カワイイ』を選んで躍進していく姿がかっこよくないわけがない。
本気でそう思う一方で、私のこの気持ちは『脳で感じるかっこよさ』だなあとも思う。思考というフィルターを通して初めて分かる類のもの。彼らをほんの少し知っていてほんの少しみているからこそ分かる。優劣なんかどこにもないけど、どっちがいいとかじゃないけど、KAT-TUNとはちょっと違うのだ。
KAT-TUNに感じるかっこよさに脳はいらない。脊髄が震えるかっこよさ。
それってすごく、すごいんじゃないのか。
誰が見てもかっこいいってこと。わかりやすくかっこいい、薄皮1枚剥がなくてもかっこいい。それって本当にたくさんの人を救ってきたんじゃないかって結構本気で思っている。


・ここに来たこと。ここから行くこと。
最近はそうでもないけど、YOU&Jくらいまでの世代って「○○くんに憧れて入りました!」って人あんまり多くなかったなあ……と思う。入ってから「△△くんが目標です!」「××くんみたいになりたいです!」って人はいっぱいいたけど、入る前からジャニオタな人ってあまり知らない。私が知らないだけでたくさんいたら申し訳ないんですけど。
あんまりいなかった理由として、そもそも『アイドル』っていう存在が、男が憧れるようなものじゃなかったってのも大きいんじゃないだろうか。アイドルそのものをとりまく文化的価値観がどんどん変わってきたなあと感じることがここ数年でぐんと増えた。
理由の一つにはおそらくインターネットやSNSの影響が挙げられる。特別な人がどんどん生まれにくくなって雲の上のアイドルが誕生しづらくなった分、逆にアイドルと一般人の境目が曖昧になってきている。いわゆる地下アイドルを含めれば、アイドル(的な人)の存在は増えているのではないだろうか。(これはアイドルに限った話ではなくて、芸能人的な人(あるいは芸能人的な人になりたい人)の数は全般的に増えていると思うが)
その結果なのか並行する現象なのかは判断しがたいが、『アイドル的なもの』の受容度も上がったように思う。社会現象レベルにまでなるのは困難になる一方で、アイドルっぽいことをしたり、アイドル的表現を好むことへのハードルは下がっているような気がする。
この感覚があんまり上手く言い表せなくてもどかしいのだが、自らの欲望でもってアイドル的存在を志す人が男女問わず増えた、とでもいえばいいのだろうか。アイドルという存在が、ただ人から欲望を向けられるだけじゃない主体を持つものへと進化を遂げつつある気がする。
これは多分ジャニーズで言ったらSMAPの功績がよく取り上げられるいつものあれなのかな。操り人形じゃなくなったからこそ一生アイドルとして生きていく道を選ぶ人が現れて、ただ欲望を向けられるだけじゃない主体的な存在価値を生み出して今に至っている――っていうやつ。
わけもわからず辿りついたスタート地点で顔を上げたら、「こうなりたい」と思える先達がいること。それってきっと、30年前なら想像もつかないくらいの幸運だ。


・確かにあいつらかっこいい
で、KAT-TUN。そうだよKAT-TUN
顔を上げた時に、よく見なくてもかっこいい先輩がいるってめちゃくちゃでかいよなあと単細胞の私は思う。よくわかんなくても、価値を知らなくても努力を知らなくても軌跡を知らなくてもかっこいい存在。女の子からかわいいって言われるんじゃなくて、何かを支配する側、ガラスケースぶち破る側の人がいてくれること。この場所から、自分の感性がかっこいいと思うものをめざしていけるんだって思えること。それってどれほどワクワクするだろう。どれほど血湧き肉躍るだろう。
「まーた仁のコピーかよwww」って言われるくらいに、まぁ結構な人数のJr.が罹患(?)する「赤西仁になりたい症候群」ってほんとすごいよなあって思う。みんながやりたがるかっこいい曲がたくさんたくさんあるKAT-TUNって、本当にカッケーーーーよな!って思う。
今のJr.をみていると手越さんもまぁ結構な人気で嬉しいけど、でもやっぱりいつまでもKAT-TUNに憧れる子いっぱいいるんだろうなって思うし、自分の感性がかっこいいと思うものを追求したら「KAT-TUNコピーを抜けられてない!」って言われちゃう子もたくさんいるんだろう。だってKAT-TUNかっこいいもん。脊髄震えるもん。

そもそも、アイドルが「なりたい存在」になった一因にはKAT-TUNの影響もあるんじゃない?って言いたかったんだけど論理破綻しそうなのでやめました。

 


・一生妬んでやるからなバーカ!
昨日一昨日とNEWSコンに行ってきて、やっぱり多幸感にもみくちゃにされてこの人たちが大好きで、私の一番はずうっとこの人たち!って思った。ほんとに心の底から。
だけどそれでも、もしも私がお姉ちゃんに騙されてジャニーズ事務所に入った少年なら、顔を上げた瞬間に心を奪われるのはきっとKAT-TUNだ。
永遠にかっこよくて、血の通い続けた覇者たちに私はこの先も嫉妬して、NEWSとは全然違う彼らを妬み続けるんだと思う。永遠に羨み続けていたいから、この先も絶対とまらないでほしい。

一生嫉妬しつづけさせてくれよバーーーーカ!!!

 


っていうブログを3月22日に上げたかったんですけど全然無理でした。10周年おめでとうございます。