英雄は歌わない

世界で一番顔が好き

メッセージを受信しました/君が思うより世界は優しい


高校生の頃、とても大事で大好きな人がいた。弱くて甘くて卑屈でそのくせプライドは高くて、望むように生きれない理不尽さに世界を恨んでいる人だった。

私がその人に出会ったのは、彼の人生がもっとも暗くもっとも上手くいっていない時期だった。友達もそういなくて学校はつまらなくて勉強も部活も大して上手くいかない、そんな人のそばに私はいた。
きっと人生なんてそんなもので、それらは大した挫折ではなくて、だけどそれでも苦しいものは苦しい。1年生の頃はベンチ入りメンバーに選ばれていて、自ら進んでキャプテンになったこと。友達もたくさんいてすごく楽しかったこと。それなのに2年生になったらぱたりと試合に出れなくなったこと。下手くそなくせにキャプテンなんてやっちゃって、という冷たい空気を浴びていたこと。仲が良かった人と軒並み離れて違う棟のクラスに振り分けられてしまったこと。学校なんて大嫌いだと思いながら通っていたこと。

「俺は頑張ってる」と彼はよく言っていた。運動のセンスがない割には、勉強する時間がない割には、筋肉がつかない体質の割には頑張っている。頑張っている、努力している、ハンデの割には。それらはすべて事実で、一方で意味のない慰めだった。ポテンシャルを持たない彼の努力が、ポテンシャルを持つ人々の結果を超えることは結局1度もなかった。
練習にほとんど来ないで絵ばかり描いている級友は最後までレギュラーの座にいたし、その人を馬鹿にしていたチームメイトは最後まで楽しそうに学校生活を送っていた。


高校3年生の初夏、私の大親友の部活は終わった。引退を飾る最後の試合に、1秒も出場することなく。
その日の晩、家の外に座って電話をした。おつかれと言ってありがとうと言われた。それから、間違っていると。間違っている、おかしい、という類の言葉を、あの2年間で何度聞いただろう。試合の展開からしてあいつより俺を出した方が良かった。状況から判断すれば俺を出すべきだった。顧問はおかしい。俺だけが悪いんじゃない。そういう類のことを2年間で幾度も聞いた。


勉強のこと部活のこと恋愛のこと家族のこと。隣でどんどんどんどん卑屈になっていく彼を見ながら、俺は悪くないのに世界がおかしいと呟く彼を見ながら、本当はずっと言いたかった。世界はそんなに不当じゃないよ。君が思うより世界は優しい。何度も何度も言いたくて、けれどその言葉を口に出すことはできなかった。甘やかしているだけだという自覚はあったけれど、甘やかす以外にできることもなかった。
彼に私の言葉が届くことはなく、その人生の暫定1番深い谷を見届けて私たちは離れ離れになった。彼はそこそこの国公立に、私は1番最初に彼が目指していた大学に。

分かっていたことだけれど、あんなにずっと一緒にいたのに、離れ離れになってしまえば私たちは全然元気にやっていけた。卒業間際に彼は「お前がいない俺が心配だし、俺がいないお前が心配」などとふざけて言っていたが、私は彼がいなくても大丈夫だったし、彼も私がいなくても大丈夫だった。
谷は所詮谷に過ぎず、いつかは山がやってくる。見目もよく性格が悪いわけでもない彼の人生は簡単に良い方に転がり、ごく普通の大学生として彼は生きていた。
あんなに一緒にいたのに、離れてしまえば連絡を取ることもほとんどなかった。彼の人生が上手くいってしまえば、私なんて別にいなくても何も問題ないのだった。彼はもう、鬱々と不満を語る必要も、お前は悪くないよと慰められる必要も、おかしいのは周囲の方だと嘆く必要もない。それは少し寂しく、けれど当たり前のことだった。

 

彼がいないことに慣れきった大学4年の夏。NEWSに10000字インタビューの番が回ってきた。4人それぞれのインタビューに本当に色んなことを思ったし、色んなことを書いたし、図らずもジャニオタとしてすごく大きな転機にもなった。
その中で、加藤さんのインタビューを読んだとき、ジャニオタじゃない私、ただの私が息を呑んだ。

 

あのころの自分に会えるなら、"がんばった分だけ認めてもらえるよ"って教えてあげたいかな。(中略) "俺を取り巻く世界、マジファック"とか思ってたから(笑) "俺が受け入れられないのは、世界がバカなんだ!"ってグチってばっかの毎日だった。ひとことでいいから伝えたいかな。"意外と世界は、おまえにやさしいよ"って。

 

「ああ、返事が来た」と勝手に思った。送ってもいない手紙に、言えもしなかった言葉に、返事が来た。あの頃、言いたくて伝えたくて分かってほしくて堪らなかった言葉に。

 

君が思うより世界は優しい。

 

意外と世界は、お前に優しいよ。

 

そうか、私が言うんじゃ駄目だったんだな。自分で気づくしかなかったんだ。部活のこと勉強のこと恋愛のこと家族のこと。もうどんなことでも彼からのメールは来ないし緑色の着信ランプは光らない。世界中が敵に見えることも何もかもが上手くいかないこともきっとないだろう。
世界は優しいよなんて、どんな他人に言われたって納得できない。いつか振り返ってそう言えるように生きる以外、そうして振り返って過去の自分に贈る以外、世界の優しさなんてきっと誰にも説けない。自分の世界を優しくできるのは自分だけだ。
いつか彼らのファンを辞めることがあっても、きっとこの小さな奇跡を忘れることはないだろうと思う。ダサくて青くさくてかっこ悪い青春の先で彼のようになれるなら、頑張って歩くことには意味があるかもしれないと思う。

 

あなたの世界が優しくありますように。あなたが世界を優しくできますように。
世界で一番叱咤激励してあげたくて、世界で一番叱咤激励してほしい人。どうか今年も変わらず変わり続けて。