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英雄は歌わない

世界で一番顔が好き

アイドルであるということ――君は人造人間

 

 

 

ということで本編いきます。(前記事参照)

 

herodontsing.hatenablog.com

 

 

アイドルであることってなんなんだろうな、と4人分の10000字インタビューを読んで、あと最近のあれやこれやに触発されて改めて考えた。私は、こんなに長い間一体『なに』を応援してきたのだろう。(今までの人生でした一番長い恋よりも、増田さんを好きな時間はなお長い)

 

 

まず大前提として、私は増田さんに限らずアイドル全般が好きであり、アイドル全般に対して恋愛感情を抱いていない。それを踏まえた上で、私にとってアイドルとは何なのか、私は一体何を愛しているのかについて少し語らせてほしい。

 

 

多分私は、アイドルという名のエヴァンゲリオンを愛しているのだ。と思う。

そんな感じでアイドルゲリオンについてのお話です。

 

ちなみに、「チルドレンの精神性とアイドルの精神性」とか、「作品の中のメッセージとアイドルの生き様について」「セカイ系とアイドル/アイドルファンの精神の構造」みたいな話はしません。一切しません。ここで私が言いたいのは2つ、エヴァンゲリオンは『巨大な人造人間』というかたちの兵器であること」「その操縦は神経接続をもって行うこと(具体的にはエントリープラグという円筒状の容器にパイロットが入り、それをエヴァンゲリオンの脊髄に挿入して操縦する)」だけです。

エヴァンゲリオンファンの方にケンカ売るつもりは一切ないのですが不快に思われた方がいらっしゃったら本当にすいません。

 

 

 

 

・神経接続によって操縦する兵器

アイドルである時のアイドルが単に1人の個人ではない、という感覚を抱くことがどの程度普遍的なものなのかは全く知らないが、少なくとも私はそう思っている。私が見ている彼らは、彼らであって彼らではない。

私たちの目の前にいる彼らは、アイドルという人造造形物=エヴァンゲリオンであり、それを操縦しているのが彼ら人間、彼ら個人なのだと思う。ただ、それはたとえばガンダムのように彼らがハンドルを介して操縦しているわけではない(エヴァも武器使うときは普通にハンドル操作してる事実には都合よく目を瞑る)。個人の神経、つまりは個人の意志でもって動いているものだ。目の前にいるのは純粋な人間ではない。しかし確かに純粋に意志で動いている。

ありのままの彼らを見ることができているわけではないけれど、偽りの彼らを見ているわけでもないのだ。人間ではないかもしれないけど、まるっきり無機質な作り物でもない。そういう造られた生命体がアイドルだと思う。

エヴァンゲリオンを動かすにあたっては、『シンクロ率』というものが重要になってくる。本体である個人と、神経接続されたエヴァンゲリオンとがシンクロしていなければ動かすことはできない。超々ざっくり言うと、神経がちゃんとつながってなかったらいくら脳から信号を出しても身体を動かすことはできない、みたいな感じだ。アイドルも同じで、『単なる人間』(=本物の人間)ではないかもしれないが、一方でその中にいる個人、アイドルゲリオンとして動く意志がアイドルゲリオンと一致していなかったら動かすことなんてできない。前記事でも述べたように、アイドルは歌手や俳優と違って人間そのもの/個人そのものを商品にする/消費される職業である。一個人の延長で一個人から確かに繋がっているものだけれど、一個人そのものではない、しかしやはり繋がってはいる、というところにアイドルとほかの芸能人を分かつ特異性があるような気がする。つくりものだけれど偽物ではなくて、限りなく不完全な一つの生命体なのだ。

 

 

 

・何者かであるということ

エヴァンゲリオンに乗れるのは、ごく一握りの限られた人間だけである。それはつまり何者かであるということ、普通の人間とは違うということだ。

アイドルの世界に足を踏み入れた少年少女は、何者かになることに死に物狂いで取り組む。乗り込むことを許された時点で、彼ら個人も『何者か特別な誰か』になる。特別だけれどただの人間で、生身の自分は結局のところ人間で、だからきちんとエヴァに乗らなければならない。自分だけのエヴァを見つけなければならない。それが出来て初めて、本当の意味で何者かになれる。自分にしか乗れないエヴァ、唯一無二のエヴァを探して見つけて作り出さなければならないのだ。

(一応本家だと原則としてエヴァンゲリオン一体につき1人しかパイロットはいない。あるエヴァに乗れるのはある個人1人だけである。これも原則にしか過ぎないんですけどね!)

 

 

 

 

・巨大な人工物

エヴァンゲリオンはでかい。具体的に言うと80m。(設定と作品によってかなり変わるがとりあえずデカいってことが言いたいだけなので細かいところはスルーしますごめんなさい)(ときと場合によっては400mある時もあるYO!!)

で、それで何が言いたいのかというと話は単純だ。エヴァが巨大であるということは、エヴァと闘えるのはエヴァもしくはそれに比する大きさを持ったものだけだということを意味する。つまり、降りてしまったら決して同じ土俵で闘うことはできない。

アイドルを辞めて歌手になる人がいる。俳優になる人がいる。普通に生きる人がいる。そういう『降りた人間』は、どんなにパイロットとしての適性があろうともどんなに輝く戦闘を過去にしていようとも、降りた時点でただの人間だ。ただの人間だから、2mにも満たない小さな存在だから、降りてしまったらもう闘えない。どんなに輝く才能を持ってたって、アイドルを辞めてしまったらアイドルではない。

それがわかっているからこそ、彼らはアイドルであることに執着するのではないかと思う。アイドルでないと戦えない世界がある。アイドルでないと足を踏み入れることさえ叶わない世界がある。その世界で呼吸をする魅力に取りつかれたら、もうアイドルでいるほかない。

 

 

私はきっと、そういう巨大な人工生命体を愛しているのだ。

 

 

 

 

加藤さんや小山さんがスケールダウンもやむなしにNEWSでいることにこだわったのもそういうことなのではないかと思う。どんなにボロボロだっていい。もう空は飛べなくて地を這ったっていい。どんなにみじめでもそれでも、この世界で生きたいのならエヴァンゲリオンを降りることはできなかったのだ。どんなにみじめでもそれでも、降りてしまったら何かが決定的に違ってしまうから、乗れているだけマシなのだ。

特に小山さんの初期の行動は、ひたすらに『パイロットである自分』を守ることに注力していたように見える。過去にも活動休止期間を経験し『何者でもなくなるかもしれない自分』を目の当たりにしているからこそ、今度こそ本当の本当にパイロットとしての資格を失うかもしれないというのは、相当に大きな恐怖だったのかもしれない。

逆に増田さんは、自らが愛し誇りを持ったエヴァンゲリオンを弱体化させることなど、そんなことをしながらN号機(NEWS)を名乗ることなどとても考えられなかったのだろうなと思う。

 

 

 

 

エヴァンゲリオンとそのパイロット、という観点から考えてみると、NEWSはきれいに四者四様だ。

 

 

増田さんは、自らが乗るエヴァンゲリオン(仮に貴号機とでもしよう)をひたすら徹底的に磨き上げ強化するタイプである。貴号機のあるべき姿について考え、貴号機でできることについて考え、貴号機が与えられるものについて考える。それを突き詰めて突き詰めて突き詰めて考える増田さんは、貴号機としてしか私たちの前に現れる気がない。

だってエヴァだ、巨大な人工生命体だ。絶対に中には人がいる。脊髄の中にエントリープラグが入っていることをみんなわかっている。それなのに増田さんはそれを認めない。「俺は貴号機だよ」とかたくなに言う。そんなわけないのに、貴号機という人間なんていないのにそう言い張る。彼はそういうタイプのアイドルモンスターだ。

私は、エヴァンゲリオンの中に人が垣間見えるとめちゃくちゃ萌えるタイプだ。エヴァと中の人がかけ離れていればいるほど興奮するのだが、増田さんを好きになったがためにおかしな性癖がついたと解釈している。こんなはずじゃなかった。貴号機と増田さんが乖離しすぎなのが諸悪の根源である。好き。

 

 

手越さん(手号機と言いたいところだけど祐号機で)は、パイロットと祐号機との一体化を志しているように見える。増田さんは「貴号機の中に人なんかいないよ」という嘘を吐くが、手越さんは「祐号機と俺は同じものだよ」と主張する。もちろんこれもそんなわけはない。24時間365日エヴァに乗り続けられる、エヴァと一体化できるパイロットなんて存在するはずがない。

でも手越さんはそうしようとする。フットサルをやっているときも、花火大会に出没するときも、流れるプールで流れているときも(笑)、彼はいつだって手越であって祐号機でもあるという意識であるように見える。つぶれちゃわないのかな、って一番心配になるのが手越さんだ。

だってあなたたちは別のものだよ。別の生命体だよ。エントリープラグの中の手越が祐号機と何もかも同じじゃなくたって、誰も怒ったりなんかしないんだよ。という声が聞こえていても同化を図るのが手越さんである。個人的に、私が手越の夜遊びにあまりショックを受けないのは祐号機としての彼を極端に裏切るような報道が今までなかったからなのかもしれないと思っている

 

 

加藤さん(成号機)は、パイロットとしての自分さえも闘う武器にする人である。要はシンジくん(主人公)。エヴァに乗る人としての苦悩、エヴァに乗る人としての欲望、パイロット加藤成亮としての生き様で私たちを魅了する。

貴号機と祐号機との決定的な違いがそこである。加藤さんはいわば主人公なのだ。選ばれし人間だけど、エヴァを降りることを選んだらただの人間だ。彼らがエヴァに乗れるのは選ばれし人間だからだけれど、彼らを特別な存在にしているのはエヴァに乗っているという事実だけなのだ。エヴァを降りたら普通の人間になってしまう加藤さんが、どうしてエヴァに乗るのか、なぜエヴァを選ぶのか、どうやってエヴァに乗り続けるのか、そういう中の人の存在を克明に見せることで、普通の人の中で一番すごい人になる道を選んでいる。

特別な人なのに私たちに寄り添ってくれる、近くて遠い人なのだ。加藤さんを見ているとなんか自分も頑張れるような気がしてくるし強くなれるような気がしてくるのはきっと私だけじゃない。

 

 

小山さん(そうです慶号機です)は、加藤さんとはベクトルの違った『中の人の見せ方』をする。彼は、パイロットである自分への愛と執着をむきだしでぶつけてくる人だ。失う怖さを知っているから、失わないためならなんだってする。パイロットとして最も果敢で最も強いのが小山さんなのかもしれない。慶号機に乗ってできることだけじゃなくて、慶号機に乗るために乗り続けるために小山慶一郎としてできることをいつだってちゃんと考えている。

彼は自分を「NEWSの神経」と言っていたけど、私は彼こそが「NEWSの意志」だと思っている。大体、どうにかなるっしょと思っているポジティブな人が思う「どうにかする」と、どうにもならないかもしれないと思っているネガティブな人が思う「どうにかする」と、どちらが高い熱量だろうか。比べるものじゃないけれど、でも、後者じゃないかと私は思う。

どんなに深い暗闇の中でも、求める結果が見えなくても、それでも戦える彼は本当に強い人なのではないだろうか。(もう二度とNEWSに深い暗闇なんか訪れないとは思うけれど)

小山さんがいる限り、NEWSは絶対に大丈夫だ。彼は絶対に、パイロットとしての自分を守るから、そのためならなんだってするから、だからNEWSは大丈夫だ。彼がNEWSの意志である限り、絶対絶対大丈夫なのだ。

 

 

 

 

ちなみに、水曜歌謡祭や世界の果てまでイッテQ、終わっちゃったけどいっぷくなどに出ている(出ていた)手越さんや増田さんは、祐号機だし貴号機なのだと思う。

それに対して、小説家加藤シゲアキやキャスター小山慶一郎は、「パイロットとしての(つまりは選ばれし人間としての)個人」であって、一応加藤シゲアキであり小山慶一郎なのかなと思っている。エヴァの乗り手としてエヴァに乗っていない状態で仕事をしているのである。

 

 

 

私が愛しているのはエヴァであり、せいぜいエヴァの乗り手としての個人なのだろう。ただの個人には興味がないし、ただの個人をアイドルを愛するようには愛せない。

わりとDDなのでJr.も結構好きだが、好きになるのは既にエヴァに乗ってる子かあるいはいいエヴァを作り上げそうな子かエヴァへの意志が強い子なのかなと思う。いいエヴァってなんやねんて話だがなんとなくくみ取ってくれ。

NEWSは四者四様といったけれど、たぶん各者各様というか十人十色なんだろうな。個人的なイメージで申し訳ないが、関ジャニ∞の横山くんなんかは「横号機と横山はべつもんやで!横山はこんなやつやで!まあ俺らのファンやったら横山も愛してくれるよな!」って感じかなと勝手に思っている。えてしてこういうタイプも沼が深いのではまったら最後。どんな沼も深いんですけどね。

ほかのジャニーズアイドルと彼のエヴァとの関係についても知りたいなあ。

 

 

 

というわけでアイドルゲリオンのお話でした。アイドルゲリオンて言葉が使いづらいし略しにくかったので終始エヴァで通してしまった…(笑)

 

 

 

 

本編おーわっぴ!

明星のおかげでほんとに楽しかった。あとコヤシゲがお揃いのネックレスつけてた件について私と話し合ってくれる方募集中です。相変わらずおしゃくそゲイカップル感半端ないんだけど彼らは何を目指してるの。